2008年08月28日

思わぬハプニングが待っていた塔へ

 平成16年の山陽・山陰の塔をめぐる旅の計画段階で、「元教職にあり、今は引退し、瑠璃光寺檀徒責任総代に任じて寺の維持経営に参画し、資料館を開設して、寺の護持の一助に努力されています」(平成2年10月22日付、吉田氏からの手紙)という永久鉄哉氏に連絡を取って、瑠璃光寺五重塔の内部拝観という無理なお願いをしたところ快諾を得て、氏に初めてお目にかかれることになっていました。上に「資料館」とありますのは「瑠璃光寺資料館」のことですが、最初に瑠璃光寺を訪れた時に館内を見物していますので、もしかしたら、その時、永久氏にお目にかかっていたのかもしれませんが定かではありません。
 さて、月日を確認しておきますと4月29日のことですが、私は雲谷庵から瑠璃光寺へ向かいました。しかし、個人的には、五重塔の拝観の前に記しておかねばならないことがあります。
 私は、前日(28日)に、よろしくお願いします、と申し上げるべく電話をかけました。ところが、電話口に出られたのはご本人ではなく、奥様でありました。そして、永久氏が、この年の2月23日に、 交通事故で亡くなられたという衝撃的なお話を受けたのです。そのときの私の驚きようは、ご想像いただけるでしょう。塔めぐりの旅を続け、拙い紀行文を本にして発行してきた過程で、色々ご教導いただいた方の中には、既に述べた吉田実氏や國見辰雄氏ばかりでなく、何人かの方との永久の別れを経験しています。しかし、そういってはなんですが、大体の方は、ご高齢であったので、あるいは、という予感のようなものがないわけではありませんでした。しかし、永久氏の場合は、不慮の事故死です。今日まさにお目にかかろうとしていた方が、2ヶ月ほど前に亡くなられていたと聞いた時の驚きは、例えようのないものでありました。しかしながら、奥様は、当初の予定どおりの時刻に瑠璃光寺でお待ちしております、ご計画された先を訪れられたうえで、と言って下さったのです。正直なところ、五重塔の内部を拝観する機会を失ったことに小さな落胆を覚えていたたのですが、お悔やみを申し上げると、かねて永久氏が、奥様に私のことを話しておられたようで、改めてお寺さんに話をして、五重塔の内部の拝観ができるように取り計らって下さるとい言われます。こんなときに、ご迷惑をおかけしてはと思いましたが、二度となさそうな機会でありましたので、ご厚意に甘えることとして、午後4時半に五重塔の前でお会いすることとしました。ご息女も一緒に来られるとのことで、もちろん初めてお目にかかるので、お互いの顔が判らず行き違いになっては、と、ご息女の携帯電話番号まで教えていただきました。
 私は、約束の時刻に遅れることを危惧して早めに瑠璃光寺へ向かいましたので、駐車場に車を入れ五重塔の前に立ったのは4時頃でありました。約束の時間には間がありましたので、立つ位置を変えて、何枚か写真を撮ったのですが、塔は南西に向かって建てられていますので、まあまあの写真が撮れました。すなわち、写真撮影という点からは、基本的には午後がよいと思われますものの、季節にも拠るでしょうが、前面の池を入れて撮る場合は、午前中の方が良いかもしれません。
 ちょっと長くなりましたので、続きは明日にします。

posted by 60歳半ばを過ぎた山ちゃんですよー at 02:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。