2008年11月16日

今日もまた寄り道です

 認知症の兆しでしょうか、自分のブログのカレンダーを見て気付きました。投稿日時の入力を謝りまして、五重塔、三重塔をめぐる旅日記は、一日ずつズレてしまいました。14日の分は13日に、15日の分は14日に書いたもので、昨日は休んでしまいました。
 それはさて措き、ということにさせていただき、平成7年の四国行のときのことになりますが、5月6日の夜は、松山城を望むホテルに宿を求め、路面電車の伊予鉄道で道後温泉駅まで行き、道後温泉本館で道後の湯を味わいました。
 翌7日、松山駅の西方にあります大宝寺(たいほうじ)へ向かいました。この寺を訪れましたのは、国宝の本堂を拝したかったからですが、それは重厚な建物で、この日の旅のコースからしますと、やや回り道でありましたものの、訪れた甲斐はありました。
 大宝寺を辞した私は、戻るような恰好で国道11号線へ出て東へ向かいました。そして、当時、できたばかりの川内インターから松山自動車道に入って、いよ小松インターまで一気に車を駆しらせたのですが、その後のことは、日を改めて書くこととします。
 この日の宿は、「こんもりした緑の小島に寄り添って浮かぶ高床式の宿」、国民宿舎「鹿島」に求めてありました。この宿は、現在は松山市に合併されています旧北条市の中心部、伊予北条駅の西の北条港市営渡船場から渡船に乗って3分、周囲約2キロほどの小さな島、鹿島にあって、おまけに温泉も湧いているのです。
 翌日、小さな島を一周した後、再び渡船のやっかいになって島を去りました。そして目指しましたのは、第52番札所の滝雲山太山寺(たいさんじ、真言宗智山派)でした。この寺の「二ノ門(八脚門)」(「愛媛県の歴史散歩」に拠りましたが仁王門とするのが正しいのかもしれません)は国の重文に指定されており、本堂は国宝であり、なかなか見応えのある建物でありました。次いで訪れた第53番札所の須賀山円明寺(えんみょうじ、真言宗智山派)は、県文の八脚門以外に見るべきものはなく、次に訪れた第54番札所の近見山延命寺(えんめいじ、真言宗豊山派)も見るべきものはありませんでした。
 ここで時を進め平成15年の旅のことになりますが、石手寺を後にして、国道317号線で今治市を目指しました。
 今治市域に入って、まず第55番札所の別宮山南光坊(なんこうぼう、真言宗醍醐派)を訪れましたが、ここは平成7年にも訪れていますものの、私の納経帳に印(アルバムに写真)がなかったので再訪したのですが、撮るべきものが何もなく、以前に書きましたとおり、四国八十八ヵ所のうち、訪れたことを証することができない5寺のうちの一つとなってしまいました。そして、平成7年の旅ではとばしていまし、第56番札所の金輪山泰山寺(たいさんじ、真言宗醍醐派)を訪れました。第57番札所の府頭山栄福寺(えいふくじ、高野山真言宗)、第58番札所の作礼山仙遊寺(せんゆうじ、高野山真言宗)は、平成7年の旅で訪れていましたので、この度はとばしました。

 長くなりましたので、今日は、この辺で止めることとします。

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 そして今日は日曜日ですので、定番メニューのこちらを ↓ どうぞ。

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posted by 60歳半ばを過ぎた山ちゃんですよー at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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