まず、時を確認しておきますが、平成15年の5月1日のことです。「うちぬき」を後にした私は、いよ西条インターまで行き、松山自動車道で一つ先の土居インターまで車を進めました。そして、国道11号線を東へ向かい、伊予三島市(平成16年4月1日の市町村合併により現在は四国中央市という味気ない市名になっています)の中心部にある興願寺を目指しました。
この寺を初めて訪れたのは平成2年の10月20日で、平成7年の5月8日にも訪れていますので、この日の訪れは3度目でした。にも拘わらず、過去の2度は、いずれも、すんなり辿り着けませんでした。そこで、この度は、いずれ旅日記を書くこともあろうかと考え、処々で車を駐め、メモをしながら訪れました。
国道11号線を東へ向かい、JR予讃線の伊予三島駅への入口を過ぎて少し行きますと、左手に製紙工場が、右手に神社の石柱塀(?)が見えてきます。車を駐めて神社のような所に行ってみますと、「御旅所」というバス停がありました。その角の信号を右折し、二つ目の宮川2丁目交差点の信号で右折して少し行きますと、右手に三重塔が見えてきます。しかし、三重塔は三島幼稚園の敷地の中に建っていて、一見したところ、風情といったものは感じられません。そこは、右に曲がれる道がある丁字路になっていますが、そこを右に折れた道の左側(西)に興願寺が、右側(東)に興願寺の経営になる三島幼稚園があり、三重塔は幼稚園の隅、ちょうど三叉路の右角に建っています。これらの道は、いずれも狭く駐車に十分なスペースもありませんので、この三重塔は、伊予三島駅周辺の駐車場に車を入れて、歩いて訪れた方がよいかもしれません。もっとも私の場合は、3度とも車でありましたが、三重塔の近くまで行き、幼稚園の前の道に車を片寄せて駐車しての訪れでありましたから、駅周辺に駐車場があるか否かは判りません。「愛媛県の歴史散歩」
には、次のように記されています。
……伊予三島駅から北へゆるやかな坂道をしばらく下ると国道11号に出て、三島港が見える。途中、商店街へ入ると今治藩の三島陣屋跡の石碑があり、さらに三島神社(祭神大山積神ほか)の楼門へと至る。
三島神社は、720(養老4)年、越智玉澄によって大三島宮(大山\神社)より勧請されたものといわれ、伊予三島市の地名はこの神社に由来する。(ルビ省略)
その近くに、三島神社の別当寺であった興願寺(こうがんじ、真言宗)があります。私は一度だけ興願寺から三島神社まで脚を延ばしたことがありますが、ほんの僅かな距離でした。
さて、三重塔のことについて続いて書きたいのですが、長くなりますので、明日のこととします。
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さて、一昨日に続き今日もまた、これまで何度かご紹介しましたが、山口油屋福太郎の明太子は如何でしょう。こちらで ↓ どうぞ。


