2008年11月30日

香川県で最初の塔がある寺

 さて、香川県に入っての最初の塔は、第70番札所七宝山本山寺(高野山真言宗)にあります。この寺は、平成2年10月20日が最初の訪問で、第2回目が平成7年5月9日、そして平成15年5月2日に再々訪し、前2回の訪問で、この寺の五重塔の撮影には午前中がよいことが判っていましたので、できるだけ寺の近くに宿を取るべく、いささか苦労しました。というのも、2度目のときに求めた門前の旅館には何度も電話したのですが、どういうわけか通じなかったからであります。現地に行って判ったことですが、廃業したとのことでありました。泊まったときの印象では、お遍路さん相手の宿であったと想われるますが、車での遍路が多くなって宿泊客も減り、経営が成り立たなくなったのではないでしょうあか。そんなわけで、マンションを急遽ホテルにしたようなビジネスホテルしかなく、キッチンルームもそのままの殺風景な宿しか取れませんでした。
 それはさて措き、この寺の伽藍については、中西亨先生の「続・塔の旅」に眼を通すこととします。

 本山寺(「もとやまじ」とよみ、「ほんざんじ」とはよまない)は四国でも屈指の名刹で、今も多くの伽藍を擁し、大寺の風格がある。寺伝によると大同二年(八〇七)、平城天皇の勅願により弘法大師空海が建立されたという。古くから大伽藍が軒をつらねていたようで、今ある本堂は鎌倉後期の正安二年(一三〇〇)の建立で国宝に指定されている。又山門は八脚門で同じ鎌倉後期の建立とされ、こちらは重文になっている。

 この寺を3度も訪れたましたのは、改めて書くまでもなく五重塔があるからですが、ここでは五重塔よりも本堂の方が見応えがありまう。私は唐招提寺の金堂が、塔を別にすれば最も好きな寺院建築物でうが、それにもどこか趣が似た素晴らしい建物であります。以前にも見た「国宝日和――瀬戸内海の旅――」には、「鎌倉の建物はどれもけれん味がなくていい。瓦屋根の、いくらか反りを持った、過不足のない、ゆるやかな曲線、それを支える柱も、柱間のとり方も、蟇股も、蔀戸の按配も、いかにも安定している」と記されています。その本堂を中心とした境内も、ゆったりとしていて、心やすまる環境です。
 五重塔について、中西亨先生の「続・塔の旅」をには、次のように記されています。

 ここの塔は、創建後まもなくの大同四年(八〇九)に弘法大師によって建立され、天暦二年(九四八)に修理があったと伝えている。以後の変遷は明らかでないが、なんらかの形で塔はずっと伝えられたようで、今の塔は明治四十三年の建立だが、その前の塔の旧材を集めて建てたという塔堂が今も現存している。
 さて現在の五重塔は明治二十七年頃から計画されたらしい。その時の勧進書が私の手許にある(中略)。この勧進書によって寄進が集まったようで、塔は明治四十三年(一九一〇)に完成したが、その時の記念写真のエハガキ(袋入)も手許に存している。(中略)
 塔は五重であるが、明治期の塔の常だろうがきわめて細長く、不安定な感じである。三重塔にしたら或いはもっといい形になるのかもしれない。相輪部が短く、各層の軸部はかなり高い。
 五重塔については、こちらの写真を ↓ ご覧ください。

http://www.geocities.jp/stupacaitya/genson/37kagawa/motoyama5/motoyama5.html

 なお、蛇足ながら、私が訪れた頃の本山寺の所在地は、三豊郡豊中町でありましたが、平成18年1月1日の7町合併により、三豊市豊中町本山甲1445となっています。

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 さて今日は日曜日ですので、定番メニューの、こちらを ↓ どうぞ。

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posted by 60歳半ばを過ぎた山ちゃんですよー at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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