2008年12月13日

まだ寄り道が続きます

 五重塔、三重塔をめぐる旅は、まだ寄り道です。

 開法寺塔跡を後にした私は、県道33号線まで戻り西へ向かい、国道11号線の下をくぐり、JR予讃線の八十場(やそば)駅のすぐ先にあります第79番札所の金華山高照院(こうしょういん、真言宗御室派)を訪れました。しかし、この寺では、どうにも写真の撮りようがなく、私の納経帳(アルバム)に、この寺の印(写真)がなく、前にも書きましたように、私が四国八十八ヵ所を総て訪れたということを、証明することができません。
 ところで、この寺のフルネームは、金華山天皇寺高照院というのだそうですが、前にも見ました「四国八十八所遍路」によりますと、保元の乱(1156)によって配流の身となり、鼓岡神社のある辺りで生涯を閉じたといわれる崇徳上皇の鎮魂のために白峰社が建立されましたが、以前からあった金華山摩尼珠院妙成就寺という寺を、天皇寺と改めて別当寺としたといいます。天皇寺自体は明治の神仏分離令のため廃寺となりましたが、末寺の高照院が納経所となったことによるといいます。
 高照院を辞した私は、国道11号線との交差点まで戻って左折し、国道を進みました。ほんの少し行った先で国道は右にクランク状に曲がりますが、そこから少し行った先、二つ目の信号で右に行きますとJR予讃線の鴨川駅に至りますが、私はそこを左折しました。曲がった道は県道180号線で、少し行きますと県道は丁字路にぶつかりますが、そこで右に折れてちょっと行きますと右手に酒店があり、その先の道を左へ入った道の右手の田の中に、目的としていました心礎がありました。田の中にあることは、下に見るように行く前から判っていましたので、季節柄、田植えも終わって傍まで近づけないのではないかと思っていました。しかし、休田していたのであれば農家の人にとっては大変なことでしょうが、申し訳ないことながら私にとっては幸いなことに何も植えられておらず、近くで見ることができました。しかし、近くに踏み台にするようなものはなく、持参もしていませんでしたので、穴の様子などは明瞭に見ることはできませんでした。
 この心礎について岩井隆次著「日本の木造塔跡」には、「鴨廃寺」という小見出しで、次のように記されています。

 坂出市加茂町の烏帽子山に向い合う山の神部落の田の中にあって、原位置から動いていない。大きさは一・七九メートル×一・三メートル、姿のよい美しい心礎で、上部を削平し直径七〇センチの極めて浅い環状排水溝がある。しかもこの環状溝の内側は少し盛り上っていて、その中心に直径三八〜三七・五センチ、深さ一二〜一一センチの孔がある。こういう形は伊豆市ヶ原廃寺心礎とよく似ており、近くの開法寺の山王廃寺式心礎の亜流と考えられる。出土瓦も開法寺と同笵の瓦なので、開法寺よりやや遅れて建造された寺であろう。

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posted by 60歳半ばを過ぎた山ちゃんですよー at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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