2008年12月14日

今日も、まだ寄り道です

 五重塔、三重塔をめぐる旅は、今日も、まだ寄り道をします。

 時を確認しますと平成15年5月3日、鴨廃寺を後にした私は、丁字路まで戻って直進、県道180号線を更に進み、第81番札所の綾松山白峰寺(しらみねじ、真言宗御室派)、そして第82番札所の青峰山根香寺(ねごろじ、天台系単立)を訪れました。これらの札所は、平成2年にも訪れていますが、私の納経帳に印を押す(写真を撮る)ための再訪でありました。なお、この寺の漢字表記や読みについて「香川県の歴史散歩」では、「白峯寺(しろみねじ」となっており、読みはともかく漢字表記は、こちらの方が正しいようです。その白峯寺では、国重文の十三重塔石塔が見応えがあり、根香寺は本堂が変わった趣きで回廊をめぐって参拝するようになっていたことが印象に残っています。
 ところで、この旅日記を書くに当たり、同書を詳細に見てみますと、白峯寺の項に、次のようなことが記されています。

 客殿(県文化)は延宝年間(1673〜81)に高松藩初代藩主松平頼重(よりしげ)が寄進したもので、江戸時代前期の特色を示している。客殿の裏には高さ2・25mの石造五重塔(県文化)があり、隅軒の先の強い反(そ)り、屋根の軒先が厚くその切り方が垂直であることなど、鎌倉時代後期の特色を示している。(ルビは括弧で表記)

 詳細に眼を通したうえで訪れていたならば、拝観せずにはおかなかったものをと残念でありましたが、後の祭りでした。
 平成2年のときは、根香寺を後にして五色台スカイラインの入口まで戻り、スカイラインに入って五色台へ向かいましたが、そのドライブの何と素晴らしかったことか。五色台へ登ってくる麓あたりの空気は異様な悪臭に満ちていましたが、ここまで登ってきますと空気も爽やかで、そして何といっても瀬戸内海を望む光景の美しさは、筆舌に尽くしがたいものでありました。瀬戸大橋は、四国の人々にとっては重要な交通手段ではありましょうが、私には自然破壊としか思えなかったのですが、ここからですと、美しく見えました。
 平成15年の時は、五色台スカイラインの光景を、もう一度、味わいたかったが、時間の都合で割愛し、私は根香寺から、第83番札所の神毫山一宮寺(いちのみやじ、真言宗御室派)へ直行しました。
 旧版の「香川県の歴史散歩」には、「山門南側の宝塔と鐘楼西側の石塔が興味深い。とくに後者は大宝院供養塔として知られ、三基のうち一基には一二四七(宝治元)年の銘がある」とありますが、それこそ「とくに後者」の三基は見応えがありました。なお、大宝院というのは、隣接した由緒ある田村神社の別当寺であったもので、現在の一宮寺であるといいます。この寺も、平成2年に訪れていますが、私の納経帳を埋めるための再訪でありました。

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 さて、今日は日曜日ですので、定番メニューの、こちらを ↓ どうぞ。

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posted by 60歳半ばを過ぎた山ちゃんですよー at 18:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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