善通寺は、四国八十八ヵ所の中でも最も知られた札所であると思われますので、改めて見るまでもないと思いますが、全く見ないわけにもいきません。上の資料にも、寺の創建のことなどについて記されていますが、ここでは「香川県の歴史散歩」に眼を通すこととします。
……寺伝によれば、唐から帰朝した空海が自ら学んだ長安(ちょうあん)の青竜寺(せいりゅうじ)を模して813(弘仁4)年に建立し、父佐伯直田公善通(さえきあたいのたきみよしみち)の名を冠したとされるが、境内から出土する古瓦群からすれば、創立は奈良時代にさかのぼり、当初は佐伯氏の氏寺ではなかったかと考えられている。
その後、京都の東寺(とうじ)や随心院(ずいしんいん)と本末関係を結び盛衰を繰り返していくなかで、南北朝時代、那珂(なか)郡出身の宥範(ゆうはん)が大勧進職(かんじんしょく)として寺域の整備に尽力したが、1558(永禄元)年、天霧(あまぎり)城の城主香川之景(ゆきかげ)を討つために本陣を構えた阿波(あわ)領主三好実休(みよしじっきゅう)の兵火にあい、堂塔のほとんどが灰燼(かいじん)に帰した。現在の堂舎の多くは、江戸時代に高松藩・丸亀(まるがめ)藩の代々の藩主の援助により再興されたものである。(やや煩わしいのですが、ルビを省くわkにはいかない箇所もあり、括弧で表記しました)
参詣者用の駐車場は西院(誕生院)の西に隣接してあり、車での訪れの場合は、その西院の正覚門から入ることになりまする。しかし、やはり正面玄関から訪れることとしたいので、3度の訪れのいずれのときも、西院を足早に抜け東院へ行き、五重塔を右手に見た手前で右に折れ南大門をくぐり、いったん境内の外に出て、改めて境内に入り直しました。上の書には、「南大門を抜けた一帯が東院(伽藍)で、伽藍配置は創建時に比定されており、また境内は善通寺旧境内として県史跡の指定をうけている。南大門左手にある樹高30mと40mの大クス(県天然)は、空海誕生時にはすでに繁茂していたと伝えられる」(ルビ省略)とあります。
続けて書きたいところなのですが、長くなりますので、今日は、ここで止めることとします。
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